今日1月17日は、阪神・淡路大震災から30年、当時を思い出してのブログです。
ブログ 2025年1月17日
画像は、お借りしました。
Vol.2893
本日は、『今日1月17日は、阪神・淡路大震災
から30年、当時を思い出してのブログです。』です。
愛知県岡崎市の「呉服のいちこし」
和装を選ぶ楽しさと、纏う喜びを
全力サポートいたします。
ご訪問ありがとうございます。
30年前の今日、1月17日午前5時
16分、淡路島北端を震源とする
兵庫県南部地震が発生しました。
阪神・淡路大震災では、政府や行政
の対応の遅れが批判された一方で、
学生を中心としたボランティア活動
が活発化しました。
当時、午前9時の旧店舗に出勤
してからもテレビにくぎ付けと
なり、惨状を凝視していました。
画像は、お借りしました。
その10年前まで神戸で呉服の
勉強をしていた私にとって
阪神高速の橋脚が倒れている
姿は、正に驚愕でした。
その前々日、京都の問屋さんで
神戸のお店が、今年はオリジナル
品を発表し、張り切っていると
聞いていたばかり。
画像は、お借りしました。
惨状が、どの程度か?が、段々
と報道され我々にも分かってくる
と、これは想像より遥かに大変な
ことが起こっている、と。
そして、神戸のお店に電話をする
も連絡が取れず、モンモンとした
時間が、経過します。
一週間後くらいに連絡が取れ
皆さんの無事を確認し、ひとまず
安堵した事を覚えています。
2月の月初、お見舞いをする
ために神戸に入りましたが、
電車は、芦屋駅までの運行。
大阪から兵庫県に入り武庫川を
過ぎたあたりから、ぼちぼちと
家屋の崩壊が、見られました。
画像は、お借りしました。
そして、西宮や芦屋では、倒壊
家屋だらけ、芦屋の駅舎も潰れて
いました。
そこからは、バスで東灘区へ
行きましたが、降りる場所を
間違えて目的のマンションまで
徒歩で40分。
やっと着いたマンションの状態
は、無傷の様でエレベーターも
使えて良かったです。
9階で降り部屋のベルを押せば
懐かしい声でお出迎えいただき
入室すれば、ビックリ!
社長は、勿論社員さん全員が、
集合していたのです。
そしてまずは、ご無沙汰の謝罪と
お見舞いのご挨拶、お見舞金を
手渡しました。
その後は、震災当時の話を
伺いながら今後の展望など
にも言及されていました。
2∼3時間ほどでお邪魔しました
が、トイレに水を節約して使われ
ていた事が、非常に印象的でした。
あれから30年、あっと言う間
でしたが、震災後下着を販売
していたご苦労は。忘れません。
そして、当時の社長は、昨年6月
に永眠されました。
安らかにお眠りください<m(__)m>
本日もお読みいただき
誠にありがとうございました。
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